広島出身の私にとって、今年のプロ野球はとても面白い。もちろんそれは、広島東洋カープが優勝争いに加わっているからだ。最後にカープがリーグ優勝したのは、1991年のこと。12球団でもっとも優勝から遠ざかったチームとなってしまった。今年はまさに悲願の優勝がかかっている。
そんなカープで注目されているのが、「カープ女子」だ。この言葉がはじめてメディア上で使われたのは、昨年9月30日放送のNHK『ニュースウオッチ9』である。それは、カープがなんとか3位となり、クライマックス・シリーズへの出場を決めた直後のことだった。
とはいえ、それは地元である広島の女性ファンを指すわけではない。当初からこの言葉は、神宮球場や東京ドームに集まる在京カープファンを意味していた。神宮球場の三塁側が真っ赤に染まるのはいまに始まったことではないが、確かにこの数年でさらに増えた印象を受ける。事実、ここ数年で神宮球場でのカープ戦の動員は倍近くにまで増加し、昨年は東京ドームでの平均動員が阪神を抜いてトップとなった。カープ女子は、こうした在京カープファンの象徴として注目されている。
なぜカープファンが増えているのか。その理由としてまずあげられるのは、この10年における球団の経営努力である。
そもそもカープは、12球団で唯一親会社を持たない独立採算経営の球団だ。プロ野球は、国税庁通達により親会社が球団経営の赤字を広告宣伝費として経費計上できる仕組みとなっているので、独立採算では明らかに不利となる。事実、93年以降のカープは、FA制によって選手放出を余儀なくされ、希望入団枠制度で有力新人選手もなかなか獲得できなかった。長らく続いた成績の低迷も、こうした状況によるものだ。それでも球団を維持できたのは、巨人戦を中心とした地上波テレビでの放映権料があったからだ。
だが、2000年代中期にはこの地上波中継も激減する。このとき球団は、そのマイナス分をグッズ販売で乗り切った。00年代中期には2億円ほどだったグッズ売上は、現在はその10倍にまで増えたという。
たしかに、カープグッズは豊富だ。コラボレーション商品も多く、新人選手の初勝利やサヨナラ勝ちの際には限定Tシャツを迅速に販売する。
また、今年5月には「関東カープ女子 野球観戦ツアー」が催された。これは、球団が新幹線代を負担し、関東のカープ女子148人をマツダスタジアムに招くイベントであった。球団にとっては400万円の赤字だったそうだが、カープ女子のブランド化として十分に機能した。こうした経営努力は、10年前には見られなかった姿勢だ。
次に、大きな変化として挙げられるのが、09年にオープンした「MAZDA Zoom-Zoom スタジアム
広島(通称ズムスタ)」の存在である。キャパシティは旧広島市民球場とほとんど同じだが、開場以来、1年あたりの観客動員は1.5~1.7倍で推移している。
ズムスタは、カープファンの野球観を一新させた。そこは、メジャーリーグのスタジアムを参考にしたことで、日本では類を見ない“ボールパーク”の魅力を放っている。なかでも特徴的なのは、自由に球場を一周できるコンコースだ。8~12メートル幅もあるこの通りは、どのチケットでも歩くことができる。つまり外野席のチケットでも、立ち見ならバックネット裏で観戦できる。あるいは、球場を回遊しながらの観戦も可能だ。ズムスタは、新しいプロ野球観戦の方法を提示したのである。
これによって客層も変わった。若い女性が確実に増えたのである。しかも、女性だけで連れ立って球場に向かう姿も目立つ。それは、10年前にはなかなか見られなかった光景だ。広島市民球場運営協議会の調査でも、観客の約40%を女性が占め、20%強が20代以下だという結果が出ている。つまり、観客の10%弱が若い女性なのである。
そして、最後に挙げられる大きな変化は、やはり好調なチーム状況である。近年、エースの前田健太を中心に、若手選手が次々に成長した。結果、昨年は16年ぶりのAクラス入りをし、今年は優勝争いを繰り広げている。ファンは、確実に強くなったカープを応援している。
経営努力・新球場・チームの好調。この3つの変化によって、カープは長いトンネルを抜け出たのである。東京にカープ女子が増えたのも、要因をたどるとこの10年間のカープの変貌に行き着く。
東京のカープ女子に目立つのは、特定の選手を応援するカジュアルな姿勢である。特に人気なのは、エースの前田健太を筆頭に、堂林翔太、菊池涼介、大瀬良大地、一岡竜司、野村祐輔など若い選手たちだ。
カープに若手が多いのは、決して偶然ではない。昨年も大竹寛が巨人にFA移籍したように、実績ある選手はカープを離れがちだ。しかし、その分若手にチャンスが与えられ、さらに近年は希望枠の廃止もあって、新人獲得にも成功してきた。前述の選手以外にも、中田廉、福井優也、田中広輔など、現在の主力の多くは過去5年以内に入団した選手である。
アイドルファンにも近しいカープ女子の姿勢は、たしかにブーム的ではある。しかし、球団も将来に向けてそれをしっかりと繋ぎ止める策も怠ってはいない。それが先に挙げた観戦ツアーやグッズの充実などの経営努力だ。それはライトユーザーをヘビーユーザーに成長させる施策だとも言えるだろう。
一方、「○○女子」といった呼称は、いったいなにを意味するのか?
近年、「腐女子」や「こじらせ女子」など、さまざまな属性で「女子」が使われている。カープ女子も、この文脈で生まれた言葉だ。それらは、女性たちが自身を再定義する機能を持つ。噛み砕いていえば、「キャラ化」である。
現代の若者にとって、キャラ化は必須のことだ。ケータイやネットによってコミュニケーション総量が増え、対人関係も濃密化・複雑化するなか、若者たちは場面によってキャラを使い分けて生きている。決してそれは素顔を隠すための仮面でも、自分探しの末にたどり着いた唯一的なアイデンティティでもない。言うなれば、カジュアルかつ必須のコスプレ衣装のようなものである。カープ女子も、プロ野球観戦という趣味に対応したキャラ化である。
さらに、この「女子」という言葉は、女性同士で形成された強固な関係性を含意している。言うなれば、男性から距離を置いた、女子校的な関係性だ。カープ女子も、女性だけの集団が目立つからそう名付けられたのだ。
現状、こうしたカープ女子の多くはライトユーザーであり、現在もブームと呼べる域からは脱していない。選手名をろくに知らないカープ女子もいると耳にする。だが、おそらくこの流れは定着する方向に働くはずだ。球団が彼女たちに積極的に働きかけるのは、プロスポーツがより多く若年層を取り込んでいく必要に迫られているからだ。カープ以外にも、ソフトバンクやオリックス、DeNAも積極的に女性層にアプローチし始めた。その動きはセレッソ大阪など、Jリーグにも波及している。
このように、カープ女子とは、プロスポーツにおける経営戦略と、スポーツ文化を軸とした女性たちの自己の再定義が合致したところに発生した、新しい現象なのである。
出典元はコチラ